大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)6927号 判決
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【判旨】
一被告今井幸男が訴外有限会社今井幸男商事の代表取締役であり、被告今井恵美子が同会社の取締役であること、訴外会社が別紙目録記載の各約束手形(額面合計四六〇〇万円)を昭和五五年二月以降原告に振出又は裏書したこと、訴外会社は昭和五四年七月二四日に設立されたが、同五五年六月三〇日に手形の不渡を出して倒産したことは当事者間に争いがない。
二右争いのない事実と<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
被告幸男は昭和四七、八年ころケイ・アイの商号で輸入雑貨販売の個人営業を開始し、昭和四九年ころから原告会社と取引を始め、原告会社から輸入雑貨を仕入れてそれを販売してきた。同じころに栄輝商事株式会社と、昭和五三年ころには株式会社グルービ商会と取引を始めた。被告幸男は昭和五四年七月二四日右個人営業を引継ぐ訴外会社を設立した。被告幸男は代表取締役として会社の業務を行ない、被告恵美子も取締役として会社の運営に関与し、その報酬を得て来た。
被告幸男の個人営業の時代昭和五三年ころの売上げは月平均二〇〇〇万円位であり、月平均二〇〇〇万円乃至三〇〇〇万円程度の手形を月末に決済して来た。訴外会社設立当時の大口取引先は原告会社、前記栄輝商事及びグルービ商会の三社であり、原告会社との取引高は月に五〇〇万円から一〇〇〇万円であつた。右個人営業時の債務約二三〇〇万円が訴外会社に引き継がれた。
被告幸男は原告会社代表者田州太造と共に昭和五四年九月ころインドに赴き、原告会社から訴外会社へ売買される予定の翌年の夏物衣料を選定した。
訴外会社は昭和五四年九月、一一月に原告会社から台湾製冬物衣料を合計約五〇〇〇万円で仕入れたが、三割程しか売れなかつたため、同年一二月末の手形決済に行きづまり、保証協会等から合計一二五〇万円を借り入れて乗り切つた。しかし翌年一月末の決済のめどがたたないことから、被告幸男は昭和五五年一月四日、大口債権者である栄輝商事の代表老渡瀬光己と原告会社代表老田川太造に資金援助を頼んだ。被告幸男はその後月に一、二回同人らに資金繰りを相談し、援助を頼んだ。訴外会社には前年の売れ残りの冬物衣料の在庫が大量にあつて、九月になればこれを売捌いて経営を立直せる見込があつたため、田川および渡瀬は差当り九月までの間訴外会社への援助を継続する意向であつた。
原告会社は一月現在で訴外会社に約四〇〇〇万円の債権があつた。一月末から原告会社は手形の期日猶予、栄輝商事は商品の納入を中心に訴外会社を援助した。一月末以降、訴外会社にとつては、被告らの親戚からの少額の金銭援助があつたとはいえ、頼るに足るものとしては右両社からの援助のみであり、一月末から五月末まで各月とも、右両社の援助なしには手形の不渡を出すことは必至の情況であつた。
訴外会社は昭和五五年の夏物衣料として原告会社から前記認定インドでの選定にかかる衣料品二〇〇〇万円乃至三〇〇〇万円分、グルービ商会から一〇〇〇万円乃至二〇〇〇万円分、栄輝商事から約三〇〇〇万円分の納入を受けて販売する予定であつた。ところがインド製衣料品は納入されるはずの四月に一部しか納入されなかつた。仕入れ量が少ないうえ、これさえも売れ残り、他から受取つた手形が不渡りとなり、また六月末にはそれまでと違つて原告会社からの援助が得られなかつたのみか、原告会社によつて在庫商品を持出された等の事情が重なつて資金繰りがつかず、訴外会社は昭和五五年六月三〇日手形不渡を出して倒産した。同月末に訴外会社の決済すべき手形は原告会社に対し五〇〇万円、栄輝商事に対し計一〇〇〇万円、グルービ商会に対し一計三四〇万円、その他に対し計六九一万円であつた。設立から同月末まで一年足らずの間に訴外会社に生じた営業損の総額は約九二〇〇万円であつた。
原告会社の所持すること当事者間に争いのない手形一〇通には、以上のような経緯の下で期日猶予のため差替手形として振出乃至裏書されたものと、売買代金支払のために振出乃至裏書されたものとが含まれる。
三差替手形の振出、裏書による損害の有無について検討する。
差替手形は従前の手形の支払期日を延期するためのものにすぎず、新規の取引を原因関係とするものではない。右支払期日延期に対する対価が支払われたと認めるに足りる証拠はない。さらに従前の手形の満期は早くとも昭和五五年一月末であつたことが明らかである。前記認定のとおり、訴外会社は右一月末当時すでに原告会社や栄輝商事の援助なしには倒産必至の状態にあつたものであるから、原告はもともと従前の手形で訴外会社から債権を回収することは不能の情況にあつた。支払期日を猶予したがためにその間に訴外会社の一般財産が減少するなどしてその回収が不能になつたわけではない。したがつて訴外会社が差替手形を振出、裏書し、これが支払われなかつたこと自体から原告会社が損害を受けたとは認められない。
四次に代金支払のための手形の振出、裏書による原告会社の損害について検討する。
(一) <証拠>を総合すると、右手形は原告会社と訴外会社との間で遅くとも昭和五五年一月までに成立した。夏物インド製衣料の売買契約にもとづく代金支払のため振出されたものと推認できる。訴外会社は原告会社への手形の振出、裏書によつて新たに債務を負担したわけではなく、右売買契約によりすでに代金債務を負担していたものであり、手形の支払いを受け得なかつたことによる損害というのは、この代金の支払いを受けられなかつたことによるものに他ならない。
(二) 右損害との関係で被告らの任務過怠の有無を検討するに、右代金債務を訴外会社に負担させたことをもつて被告らに取締役としての職務執行につき悪意又は重過失があつたとする主張はなく、それを認めるに足る証拠もない。
(三) そこで、被告らに訴外会社の資産状態を悪化させ、原告会社に右損害を生じさせるべき悪意又は重過失ある任務過怠行為があつたかを検討する。
前記認定事実によれば、被告幸男は資本金一〇〇万円で訴外会社を設立するに当つて、個人営業時代の債務約二三〇〇万円を会社に引継いだが、個人営業当時の毎月の支払高二〇〇〇万乃至三〇〇〇万円であつたことに照せば、この債務引継を会社経営上特に不健全なものとは評し得ず、また資本金が少額であつても月々の決済支出と収益との均衡が保たれておれば必ずしも不健全な会社とはいえないので、直ちに会社設立に関して被告らに任務過怠があつたとすることはできない。
昭和五四年から五五年にかけての冬物衣料の仕入については、訴外会社の月々の決済高に比して五〇〇〇万円の仕入れはやや大量に過ぎる感がなくはないが、これは九月と一一月の二回の合計仕入量であり、また訴外会社の翌年一月現在の原告会社に対する債務が前記認定のとおり右仕入額よりも少額の約四〇〇〇万円に留まることから見て、右仕入当時までの経営状態はさほど悪くはなかつたことが窺えるので、右冬物衣料の仕入れをもつて直ちに悪意重過失ある任務過怠に当るとすることはできない。
その他昭和五五年一月末までの間、被告らに経営の判断に過誤があるなどして悪意重過失の任務過怠があつたと認めるに足る証拠はない。
(四) 一月末から倒産までの間については、前記認定事実によれば訴外会社はすでに債務超過の状態にあり、原告会社等からの援助なしには毎月手形不渡を免れ得ない状況にあつた。そして差当りこれを好転させる良策のないまま、原告会社及び栄輝商事から受ける援助によつて、ともかくも手形不渡を出さないよう月々の決済をのばして冬物出回期である九月までの時を稼ぐほかなかつたものである。このようにして訴外会社は六月倒産までの間、従前契約ずみの商品の納入される分を販売し或いは栄輝商事から援助として提供される商品を販売するのみであり、資金繰りを回復させるに足る程の新たな取引に入れるような状況にはなかつたと認められる。一方全証拠によつてもこの間に訴外会社の債務超過がますます拡大して行つたとも認められないので、直ちに事業の遂行を停止すべき状況にまで陥つていたものとも考えられず、却つて被告らは前記九月まで持ちこたえることで会社の建直しを図るべく、倒産直前に至るまで原告会社に援助を要請したと認められる。現に田川及び渡瀬が訴外会社を九月まで助けて立直らせる意向で援助して六月当時に至つたことは前記認定のとおりであり、これに対し田川らが六月以前の段階で被告両名の事業遂行振りに問題ありとしてこれを停止させようと考えた等の事情はうかがえない。
(五) 原告会社は被告らが六月末の手形決済の援助を原告会社に頼まず行方をくらましたとして、被告らに悪意、重過失ありと主張する。しかし<証拠>によれば、同被告が六月二二日頃右手形の決済につき援助を要請したのに対し、原告代表者がこれを断り、このため被告らにおいて倒産やむなしとの判断に至つたと認められる。<証拠>中この要請がなかつたとする部分は措信できない。のみならず原告会社から期日の猶予を得ても、訴外会社には前記のとおり他にも決済の必要な手形が多数あり、これらを決済できたかは明らかではない。却つて前掲証拠と弁論の全趣旨によれば、原告代表者においてこの様な事情を察知したがために要請を断り、更に訴外会社から在庫品を引揚げるに至つたとうかがわれる。右原告会社主張の悪意重過失ありとすることはできない。
(横畠典夫 廣田民生 稲葉重子)